おはようございます。仙台空港北クリニック院長の蒲生俊一(医学博士 / 呼吸器専門医)です。
※当記事は文末「参考文献」を根拠としています
米国国立アレルギー感染症研究所(National Institute of Allergy and Infectious Diseases: NIAID)が行っている臨床試験の途中経過で、アメリカのギリアド・サイエンシズという製薬会社が製造している「レムデシビル」が新型コロナウイルスに対して有効性を示したという報告1が2020年5月23日に発表されました。
日本で新型コロナウイルスへの治療薬として特例承認されたのが2020年5月7日ですので、
「あれ?日付おかしくない?治験結果が出る16日前に特例承認したってこと?」
って思いますよね。全くそのとおりなのですが、とにもかくにも新型コロナウイルス治療薬の「第1号」として我々の味方になってくれたことは確かですので、素直に喜びたいと思います。
しかし、治験の結果を見ていくと「う~ん」とうならざるを得ません。なぜなら治験結果をざっくりまとめますと、
- 新型コロナウイルス肺炎からの改善に要する日数が4日短縮され、全体としては有意差をもって改善効果を認めた
- しかし死亡率に関しては改善する傾向は認められたものの有意差はつかなかった
- 加えて、有意に改善したのは軽症から中等症(酸素投与が必要)までで、人工呼吸器やECMOが必要な重症な群ではレムデシビルの効果は認められなかった
こんな感じです。
我々が期待しているのは、コロナからの回復よりも「レムデシビルが投与されれば死なないですむのか?」ですので、その期待に対して今回レムデシビルは一発回答とはならなかったようです。
レムデシビルってどんな薬?
報道などで色々と情報が出回っていると思いますので、ここれでは簡単にレムデシビルを紹介しますね。
- 世界一のバイオ製薬会社(米国)が製造している抗エボラ出血熱ウイルス薬
- でもエボラでの効果は確認できていないから承認薬ではない
- 承認薬ではないので市場に流通していない
- 新型コロナウイルスへの効き方がアビガン®と類似している
- アビガン®は錠剤のみでレムデシビルは点滴のみ
以上5点になりますが、「アビガン®の点滴バージョン」くらいにとらえて頂いて大きく外れることはないと思います。
もう少し別の角度から情報を付け加えると、レムデシビルは、
- マールブルグウイルス感染症
- ニパウイルス感染症
- ヘンドラウイルス感染症
というマイナーな感染症に対する治療薬でもあります。これら3つのウイルスも新型コロナウイルスやエボラウイルスと同じRNA型ウイルスで、RNAポリメラーゼという酵素をつかって増殖します。
レムデシビルとアビガン®は共にRNAポリメラーゼ阻害剤
少し専門的になってしまい申し訳ありません。できるだけ分かりやすく説明するよう努めますので少々我慢していただけると幸いです。
新型コロナウイルスが増殖するさいにRNAポリメラーゼという酵素が関与しますが、レムデシビルとアビガン®は共にRNAポリメラーゼを狙い打ちする抗ウイルス薬(RNAポリメラーゼ阻害剤)です。
このRNAポリメラーゼは、RNA型ウイルス(エボラやエイズ、インフルエンザや新型コロナウイルスなど)が増殖するさいに共通していて使われている酵素で、
- レムデシビルはエボラに効くんだから理論的にはコロナにも効くでしょ!
- アビガン®はインフルに効くんだからコロナにもイケるんじゃない?
というのがレムデシビルとアビガン®が新型コロナウイルスの治療に期待された根拠でした。しかし、これらの根拠は以下のように疑問点が残っております。
- 実は、レムデシビルは本来のターゲット「エボラウイルス」に対する効果を確認できていない2
- 実は、アビガン®は本来のターゲット「インフルエンザウイルス」に対するヒトでの効果を確認できていない
理論的にはどっちの薬も新型コロナウイルスに効きそうなのですが、上記のとおり本業(本来のターゲットウイルスの抑制)で効果を発揮できていないのです。
結果が出る前に1軍に昇格してしまったレムデシビル
レムデシビルがエボラ出血熱に対する抗ウイルス薬として「効果があるかも知れない」と世に発表されたのは2015年10月9日です。しかし、2019年8月までエボラ患者に試験的にレムデシビルが投与されたものの明確な効果を示すには至りませんでした2。
そのレムデシビルが再び脚光を浴びるようになったのは新型コロナウイルスの感染拡大です。
ご存じのように新型コロナウイルスは治療薬がありませんので、「理論的には新型コロナウイルスにレムデシビルは効くはずだ」と、再び檜舞台に上がるチャンスを得たレムデシビルは、2020年2月6日に中国でコロナ患者への試験投与の機会を得たのです。
アビガン®も中国で試験投与の機会を得る
実はアビガン®(正確には、中国における富士フイルム富山化学のアビガン®の製造特許は切れており、中国企業が製造するファビピラビルのジェネリック薬です)も時を同じくして中国で試験投与の機会を得ました。こうしてレムデシビルとアビガン®は新型コロナウイルスに対して効果があるかどうか実際に試される事になったわけです。
中国での臨床試験結果は以下です
アビガン®(ファビピラビルジェネリック)
抗新型コロナウイルス薬として効果あり3として、世界にさきがけ中国で臨床承認4
レムデシビル
中国の臨床試験では効果なしとの報告5
エビデンスより承認が先行したレムデシビル
中国での試験投与で新型コロナウイルスを明確に抑えることができなかったレムデシビルですが、今回の報告 1 の途中解析結果が出る以前の時点で、「まだ有意差はつかないがどうも効きそうだ」という判断がなされ、北米で抗新型コロナウイルス薬として承認されるに至りました。
米国の動きを受け日本でも、事実上重症例のみという条件付きで特例承認がなされたのは皆さんご存知のところかと思います。
プロ野球に例えるなら、2軍の試合で結果を残せていない入団5年目くらいの投手が、
「こいつはオープン戦では勝てても、2軍の試合でさえまだ1勝もしてない。でも、160キロのストレートを投げられる逸材だから試してみようじゃないか。」
という理由で1軍に昇格させられてしまったような感じです。
ここまでが2020年5月22日までの物語です。しかし事態は一変します。2020年5月23日に海外に武者修行の旅に出ていたレムデシビルがついに1軍のオープン戦で結果を残したのです。
あと付けでエビデンスが示されたレムデシビルだが
「まだ有意差はつかないがどうも効きそうだ」の後のデータの蓄積でようやく有意差が出るようになり、やや後付ではありますがレムデシビル承認に対する一定のエビデンスが示されました1。見切り発車でレムデシビルの臨床承認を行った米国FDA(医薬品の承認をするアメリカの公的機関)も厚労省もホッとしているところかも知れません。
英文の長文なので重要部分だけ要約すると、以下の3点になります。
- レムデシビル投与により、新型コロナウイルス肺炎からの改善に要する日数が4日短縮した
- 致命率(致死率のこと)は減少する傾向は認められたが、有意差はつかなかった
- 加えて、有意に改善したのは軽症から中等症(酸素投与が必要)までで、人工呼吸器やECMOが必要な重症な群ではレムデシビルの効果は認められなかった
「ん?」と思いますよね。再び野球の投手に例えるとしたなら、
- 6回まで相手打線を2点に抑えてスコア2-2の同点で降板した
- 試合は終始レムデシビル軍の優勢で推移はしたものの、2-2のまま終了して勝ち負けは付かなかった
こんな感じになります。6回2失点なら十分合格点なので「レムデシビルは新型コロナウイルスに効果があった」と言って良いと思います。
しかし、大事なのはあくまで「勝ち負け」です。大リーグファンならよくご存じだと思いますが、ダルビッシュ投手(カブス)は、相手打線を抑える好投を毎回のように見せて防御率は年間を通じて3点前後くらいなのに、勝ち星にはなかなか恵まれませよね。
これは結構深いことを意味しています。つまり、
「ダルビッシュ(レムデシビル)は先発(≒ 早期投与)を投げる資質はありそうだけど、たぶん抑え投手には向いていないだろう。」
ということが言えそうなのです。
※レムデシビルとダルビッシュ、響きが似ていなくもないです。
にもかからず、我が国ではレムデシビルを特例承認するさいに「人工呼吸器やECMOを装着した重症患者に対して投与が可能」という条件が事実上付けられてしまっております。
「いやいや、ダルビッシュ(レムデシビル)は先発でこそ意味があるのに、抑えにしか登板させないのは良さが活きないのでは?」
これまでの解析結果を見る限り、私はどうしてもこういった感想を抱いてしまいます。
とは言え、今回の報告もまだ途中解析結果であり、致死率の有意差の有無も含め、最終報告を待ちたいところです。
2013年の上原投手を世間は待望している(まとめ)
今世界が求めているのは絶対的な守護神(抑え投手)です。
ボストンレッドソックスのファンなら2013年の上原投手の活躍を誰もが昨日のことのように覚えているはずです。現地のファン(アメリカ人)の誰しもが、
「フェンウェイパーク(レッドソックスの本拠地)にSandstorm(上原投手の入場曲)が流れたら試合が終わったと分かった」
と言うほど「守護神」上原投手は抑え投手として絶大な信頼を得ていました。そしてその年に、ボストンレッドソックスは上原投手の活躍によってワールドシリーズを制覇し世界一になっています。
※世界一の瞬間の胴上げ投手も上原投手です
現時点ではアビガン®も我が国では新型コロナウイルス薬として臨床承認がおりておらず、他には使える薬がありませんので、レムデシビルが新型コロナウイルスに対して効果を示したことは大変喜ばしいことです。
しかし、我々が求めているのは先発ピッチャーではありません。中継ぎ投手でもありません。
我々が必要としているのは元横浜ベイスターズの「大魔神」佐々木投手や中日ドラゴンズの岩瀬投手、あるいは「炎のストッパー」と呼ばれた広島の津田投手のような絶対的守護神です。
自粛効果などによって新型コロナウイルスの感染拡大はとまり、もしかしたら第一波は抑え込めたかも知れませんが、緊急事態宣言が解除された今、この先もずっとコロナを抑え込めるかどうかは未知数です。スペイン風邪など過去の疫病の例を鑑みても、第二波、第三波の流行はあるものだと考え備えをしておく事が重要です。
世界中で新型コロナウイルス治療薬の開発競争が続いておりますが、「絶対的守護神」が現れてくれることを渇望してやみません。
以上
参考文献
- 1.Beigel JH, Tomashek KM, Dodd LE, et al. Remdesivir for the Treatment of Covid-19 — Preliminary Report. N Engl J Med. Published online May 22, 2020. doi:10.1056/nejmoa2007764
- 2.Mulangu S, Dodd LE, Davey RT Jr, et al. A Randomized, Controlled Trial of Ebola Virus Disease Therapeutics. N Engl J Med. Published online December 12, 2019:2293-2303. doi:10.1056/nejmoa1910993
- 3.Cai Q, Yang M, Liu D, et al. Experimental Treatment with Favipiravir for COVID-19: An Open-Label Control Study. Engineering. Published online March 2020. doi:10.1016/j.eng.2020.03.007
- 4.Tu Y-F, Chien C-S, Yarmishyn AA, et al. A Review of SARS-CoV-2 and the Ongoing Clinical Trials. IJMS. Published online April 10, 2020:2657. doi:10.3390/ijms21072657
- 5.Wang Y, Zhang D, Du G, et al. Remdesivir in adults with severe COVID-19: a randomised, double-blind, placebo-controlled, multicentre trial. The Lancet. Published online May 2020:1569-1578. doi:10.1016/s0140-6736(20)31022-9