こんばんは。仙台空港北クリニック院長の蒲生俊一(医学博士 / 呼吸器専門医)です。
※当記事は文末「参考文献」を根拠としています
新型コロナウイルス治療の最終兵器としてアビガン®(ファビピラビル)が注目を集めに集めております。メディアに出ない日が1日もないほど大注目で「なぜ厚労省は承認しないんだ!」と世間の期待は非常に高いです。
俳優の石田純一さんや元NHKの住吉アナウンサーなどが「アビガン®で快方に向かった」とコメントしたことで更に期待が加速している状況ですが、少し冷静になる必要があります。
アビガン®は元々抗インフルエンザ薬として開発されたものの効能に対して疑問点が多く残ってしまっているため、タミフルなどの抗インフルエンザ薬が効かない未だ見ぬ新型インフルエンザウイルスがまん延した時のために日本政府が戦略的に備蓄している薬です。
つまり、
「今のインフルエンザにはハッキリした効果が出てないけど、いまの治療薬が効かないような新型インフルエンザが蔓延したときに役立つかも知れないから念のため備蓄しておこう。」
という薬がアビガン®です。
薬効の仕組みのことを作用機序(さようきじょ)といいますが、インフルエンザウイルスに似たウイルスである新型コロナウイルスにもアビガン®の作用機序が通用するのでは?という仮説が出発点となって新型コロナウイルスに対しての投与が検討されているのが今の日本です。
しかし、アビガン®は簡単な薬ではありません。アビガン®のことを知れば知るほど「え?そうなの?それってヤバくない?」と誰もが心配になる諸刃の剣、それがアビガン®なのです。
新型コロナウイルス増殖のプロセス
アビガン®の長所短所を理解する上で欠かせないのが「新型コロナウイルスってどうやって増殖しているの?」という点です。
ここをしっかりと抑えておけば頭の中がだいぶスッキリしますし、ちょっとしたアビガン®通になれると思いますので一緒に勉強してまいりましょう。
この話題に限らず、当院ホームページの記事では医学的に正確な内容を医学に詳しくない方にもなるだけ理解しやすいよう、分かりやすい言い換えや別の物に例えるなどの工夫をしながら説明していきます。どうぞお付き合い下さい。
ウイルス「増殖の3段階」
新型コロナも含めて、ウイルスが目鼻や喉(のど)などの粘膜を通じてヒトの体内(細胞)に入り込むと、下記1. 2. 3を繰り返しながらどんどんと増殖していきます。
- ウイルスは自らの遺伝子(RNA)と遺伝子を運ぶカラダ(構成タンパク)をコピーし始める
- 遺伝子とカラダのパーツが揃ったらプラモデルのように組み立てて自分(ウイルス)の完コピを完成させる
- さらに増殖するため完コピされたウイルスは今いる細胞から外にポヨンと飛び出して次の細胞に入り込む(1. に戻る)
上記で言うところの「3」を狙う薬は、モグラ叩きに例えるならモグラが穴から顔を出したらハンマーで叩き、他の細胞に感染が広がる事を妨害する事で効果を発揮する薬剤で、インフルエンザウイルスに対して一般的に使われているタミフルやリレンザなどの「抗インフルエンザ薬」がこれにあたります。以前から広く投与されている比較的安全な薬です。
新型コロナウイルスの感染が日本国内に広がった当初、コロナ患者が搬送された一部の病院で抗インフルエンザ薬をコロナの患者さんに投与したことがありました 1, 2)。
新型コロナウイルスを治療するために抗インフルエンザ薬を使ったわけでは必ずしもなく、新型コロナとインフルエンザウイルスの混合感染の可能性を疑ってタミフルなどを投与した可能性も考えられます。
しかし、残念ながら新型コロナウイルスにはタミフルやリレンザ、ラピアクタやイナビルなどの抗インフルエンザ薬は新型コロナウイルスに対して効果は期待出来ません。なぜならこれらの抗インフルエンザ薬が阻害のターゲットとしている酵素が新型コロナウイルスの増殖に関わっていないからです 3, 4)。
それに対して増殖の3段階における最初の段階(遺伝子のコピー等)を妨害する事を目的としたアビガン®は、インフルエンザウイルスの増殖に関与するだけでなく、新型コロナウイルスの増殖にも関与することが確認されているRNAポリメラーゼ(酵素)を阻害する薬です。
しかし、アビガン®がターゲットにしているRNAポリメラーゼという酵素は、インフルエンザやコロナウイルスなどに限定して存在する酵素ではなく、ヒトの体細胞を含む他の多くの細胞でも作用しています。
つまり、アビガン®を服用することで新型コロナウイルス以外の「何か」に作用してしまう可能性があり、実際、マウスなどの動物実験では催奇形成などの副作用が確認されているのです 5)。
「アビガン®で治った」と言い切れる臨床結果はいまだ得られていない
コロナへの治療効果が期待できる反面、副作用も大いに気になってしまうアビガン®ですが、最大のテーマはとにもかくにも「アビガン®を投与してコロナが治るの?治らないの?」だと思います。
結論から申し上げますと、実験室レベルでは効果が確認されているものの、少なくとも現時点でヒトに対しては「効くような気もするし効かないかも知れない」と言う曖昧(あいまい)な回答になってしまいます。
なぜなら、アビガン®を飲んだタイミングでたまたま自然免疫によって新型コロナウイルスをやっつけたかも知れないし、また、入院中はアビガン®以外にも様々な薬を投与しますのでアビガン®単体でのコロナへの効果を判定するのが難しいからです。
医学的にシビアに、というよりむしろ「普通に」見ていくと、厚労省が承認を出し渋っているのが医師なら誰でも理解できますし、この記事を最後まで読み進めてもらえたならあなたにもある程度はアビガン®の怖さがご理解いただけると思います。
アビガン®のことを知れば知るほど「ちょっと怖い薬かも知れない」との感想を持たざるを得ませんし、私を含めた医療従事者たちは過去の薬害問題を学生時代に勉強して学んでおりますので、インフルエンザ用に開発された薬をしっかりと確認もせずに「理論上はイケる」という理由だけでコロナに転用できるとはとても考えられないのです。
しかしながら、同じ様な作用機序を持つレムデシビルは新型コロナウイルス感染症の重症患者限定で特例承認されており(アビガン®はヒトへの効果がまだ確認中)、現状他に効果が期待出来そうな薬剤もありませんので、
飲む事を選択するかどうかは、飲む事で期待される効果と心配される副作用などのリスクについて主治医からしっかり説明を受けた上で、よく考えてから決断する。
これ↑が何より重要だと私は思っております。
既存の抗インフルエンザ薬はそもそも新型コロナには効果が期待出来ない
「抗インフルエンザ薬として温存してあるアビガン®に新型コロナウイルスの治療効果が期待出来るのであれば、じゃあ今まで使われてきた他のインフルエンザ薬も効くんじゃないの?
むしろタミフルとかリレンザであればそこまで重い副作用もないしこっちの方がいいんじゃない?」
こう思われる方もおられるかも知れません。
タミフルやリレンザなどの抗インフルエンザ薬は、それこそ何十年も日本人への投与実績があり、あなたや身の回りの方で使用した事がある方は少なくないのではないでしょうか。インフルエンザに一度も罹(かか)ったことがない人は多くないので、一度くらいはタミフルなどにお世話になったことがあるはずです。
そして、一度服用していれば「重い副作用はなかった気がする」との感想をお持ちだと思います。
アビガン®は抗インフルエンザ薬ですし、メディアなどで「コロナの患者にインフルエンザ薬を試した」という報道も一部されていたようなので、同じ抗インフルエンザ薬であるタミフルなどが「コロナに効くのでは?」と期待するのも無理はありません。
しかし、結論から述べると既存のインフルエンザ薬は新型コロナには効果が期待出来ません。以下その理由を解説していきたいと思います。
そこに私はいません。眠ってなんかいません。
- ウイルスは自らの遺伝子(RNA)と遺伝子を運ぶカラダ(構成タンパク)をコピーし始める
- 遺伝子とカラダのパーツが揃ったらプラモデルのように組み立てて自分(ウイルス)の完コピを完成させる
- さらに増殖するため完コピされたウイルスは今いる細胞から外にポヨンと飛び出して次の細胞に入り込む(1.に戻る)
タミフルやリレンザなどの従来からインフルエンザに投与されてきた抗インフルエンザ薬は、ウイルス増殖の3段階↑でいうところの3.のポヨンを阻害する薬です。このポヨンはインフルエンザでも新型コロナでも共通して見られる出芽(しゅつが)と言われる現象なのですが、
- インフルエンザ式ポヨン
- 新型コロナ式ポヨン
この両者のポヨン(出芽)の仕方が違うのです。医学的に説明するとインフルエンザウイルスがポヨンする時はノイラミニダーゼという酵素がかかわっていて、ノイラミニダーゼを阻害するのがタミフルやリレンザなどのお仕事(作用機序)です。
しかしオペラ歌手の秋川雅史さんによると、そこ(新型コロナウイルスの出芽)に私(ノイラミニダーゼ)はいなかったのです。
より正確には、新型コロナウイルスのポヨン(出芽)方式はエクソサイトーシスといいます。ノイラミニダーゼは関与しません 4)。したがってノイラミニダーゼを阻害するタミフル®などは新型コロナウイルスの増殖を抑制出来ません。
そこにいないノイラミニダーゼを狙い撃ちしてポヨンを妨害しにいってもウイルスに眠ってもらうことはできませんよね。こういった訳で、下記の抗インフルエンザ薬(別名ノイラミニダーゼ阻害剤)は新型コロナウイルスには効果が期待できないのです。
- タミフル®(オセルタミビル)
- リレンザ®(ザナミビル)
- ラピアクタ®(ペラミビル)※点滴
- イナビル®(ラニナミビル)
※括弧内は成分名
抗HIV薬カレトラ®も新型コロナに効果ありとは証明されず
新型コロナウイルスと同系列(RNAウイルス)のウイルスはインフルエンザ以外にもあります。
そのうちの一つがHIVウイルスで、HIVウイルスの増殖の段階にも新型コロナウイルスと共通の点があるため「その共通点に作用する抗HIV薬であれば理論上は新型コロナにも効くかもしれない」という事で、カレトラ®(ロピナビル / リトナビル)という抗HIV薬が試験投与されました。
カレトラ®が効能を発揮するのはウイルス増殖の3段階↓における2段階目です。
- ウイルスは自らの遺伝子(RNA)と遺伝子を運ぶカラダ(構成タンパク)をコピーし始める
- 遺伝子とカラダのパーツが揃ったらプラモデルのように組み立てて自分(ウイルス)の完コピを完成させる
- さらに増殖するため完コピされたウイルスは今いる細胞から外にポヨンと飛び出して次の細胞に入り込む(1.に戻る)
カレトラ®が狙っているのは2. の過程で働く酵素の一つであるプロテアーゼです 6)。
2. で、遺伝子を運ぶカラダを組み立てる際、それぞれのパーツをちょうど良い大きさに切り整える時に作用するのがプロテアーゼという酵素で、カレトラ®はこの働きを妨害し、ウイルスのカラダがうまく組み上がらないようにします。
「1. 」でコピーされたタンパクは、複数のタンパクが結合していたりしてそのままではウイルスのカラダに組み立てられません。プラモデルで言えば上のように枠に繋がっている状態のようなもので、枠からそれぞれのパーツをニッパーなどで切り出してあげる必要があります。
この場合のニッパーに相当するのがプロテアーゼ(抗HIV薬カレトラがターゲットにしている酵素)だと考えると想像しやすいかも知れません。
このプロテアーゼは新型コロナウイルスを含む多くのウイルスの増殖で共通に使われている酵素であり、コロナの増殖を抑えることが可能なのではないか、と期待されました。
実際、研究室レベルでは新型コロナウイルスに対してのカレトラの抗ウイルス効果が確認されています 7)。
しかし中国の臨床試験で効果が認められなかった
しかしながら2020年3月18日にNew England Journal of Medicine (NEJM) という泣く子も黙る超一流雑誌に掲載された中国の臨床試験では、現在のスタンダード治療である酸素投与、人工呼吸器、ECMOなどの支持療法を行った群と、支持療法 + カレトラ投与群では治療成績に差が認められませんでした 8)。
つまり、かなりはっきりした疑問符(効かなかった)がついてしまったのです。
この理由についてはまだ確かなことは分かっていませんが、理論上は効きそうでも、実臨床ではその通りにならない事は医学ではしばしばある話で、結局のところ有効な治療法が確立されるまでは、候補となる治療を一つ一つ丁寧に検証していくより方法がないのです。
長い長い道のりが続きます。
最新インフル薬「ゾフルーザ®」もコロナ治療薬にはなり得ない
国内で承認されている抗インフルエンザ薬の中で、最も新しいのが2018年に発売された「ゾフルーザ®」です。
タミフルやリレンザと違い一回の内服で治療終了、かつタミフルなどよりも早く治るという事で大いに期待されて登場した薬です。
ゾフルーザはインフルエンザウイルス増殖の3段階↓の「1.」のうち、遺伝子を運ぶカラダの材料となる構成タンパクのコピーを妨害する薬剤です。
- ウイルスは自らの遺伝子(RNA)と遺伝子を運ぶカラダ(構成タンパク)をコピーし始める
- 遺伝子とカラダのパーツが揃ったらプラモデルのように組み立てて自分(ウイルス)の完コピを完成させる
- さらに増殖するため完コピされたウイルスは今いる細胞から外にポヨンと飛び出して次の細胞に入り込む(1.に戻る)
新型コロナウイルスが増殖する際には、自分の遺伝子(RNA)のコピーだけでなくそのカラダ(遺伝子を運ぶ入れ物)を構成するタンバク質の合成も同時に行っています。
ウイルス目線で話すと、
「おい、遺伝子(RNA)をコピーするまでは出来たけれどムキ出しのままだと運べないぞ?コピーした遺伝子を運ぶ入れ物はどうした?」
こんな会話が細胞内でウイルスが増殖するさいに繰り広げられています。
※あくまでイメージです
このタンパク質の合成を行う(遺伝子を運ぶ入れ物を作る)さいにCap依存性エンドヌクレアーゼという酵素を使いますが、この酵素をターゲットにして阻害しにいくのがゾフルーザ®(2018年に販売開始された新インフルエンザ薬)です 9)。
しかし、このCap依存性エンドヌクレアーゼは、インフルエンザウイルスなどの増殖には必要な酵素であるものの、新型コロナウイルスの増殖では利用されないので、新型コロナウイルスには効果が期待できません。
少し詳しく言うと、Cap依存性エンドヌクレアーゼはインフルエンザをはじめとした一本鎖 (-) RNAウイルスの転写に必要な酵素であり、新型コロナウイルスなど一本鎖 (+) RNAウイルスの仲間にはそもそも必要がないものです 4)。したがってこの酵素を阻害するゾフルーザ®は新型コロナウイルスの増殖を抑えられません。
「ラスボス」アビガン®
大変長らくお待たせしました。「ラスボス」アビガン®の解説です。これまで紹介した他の抗インフルエンザ薬と異なり、ウイルスの遺伝子のコピーそのものを妨害してしまおうという非常に直接的な作用を持つ薬剤です。
さらにアビガン®はウイルスのカラダを構成するタンパクのコピーも同時に妨害しますので相当剛腕な薬剤です。
要するにアビガン®を野球に例えるなら時速170 kmくらいの剛速球を投げられる投手のようなものです。しかし、剛速球投手にありがちな欠点(コントロールが悪い)を同時に持ち合わせているのです。
アビガン®は新型コロナウイルス増殖の3段階(下記参照)の最初の段階で効果を発揮するであろうと期待されて試験投与が開始されました。
- 新型コロナウイルスは自らの遺伝子(RNA)と遺伝子を運ぶカラダ(構成タンパク)をコピーし始める
- 遺伝子とカラダのパーツが揃ったらプラモデルのように組み立てて自分(ウイルス)の完コピを完成させる
- さらに増殖するため完コピされたウイルスは今いる細胞から外にポヨンと飛び出して次の細胞に入り込む(1.に戻る)
新型コロナウイルスは増殖するために自らの遺伝子をコピーします。その際「RNAポリメラーゼ」という酵素を使うのですが、アビガン®はこのRNAポリメラーゼを阻害する薬です 10)。
政府が特例承認したレムデシビル(もとは抗エボラウイルス薬)もこの段階で作用する薬です。
北米や日本で抗新型コロナウイルス薬として承認済のレムデシビルと同様の作用機序を持つ薬剤であり、中国ではアビガン®のジェネリック(富士フイルム富山化学の中国におけるアビガン®製造特許切れの為)が既に新型コロナウイルス薬に対して臨床承認されております 11)。現在我が国でも政府は大急ぎでアビガン®の新型コロナウイルスへの実臨床投与に対して検討を進めている状況です。
RNAポリメラーゼ薬はウイルス以外にも作用してしまう可能性あり
問題はここからです。
アビガン®がターゲットにしているRNAポリメラーゼはインフルエンザや新型コロナウイルス「だけ」に存在する特有の酵素ではなく、人体の他の細胞内でも広く使われている酵素なのです。
つまりこういうこと↓です。
RNAポリメラーゼは新型コロナウイルスを増殖させてしまう一方で、あなたの体内で秋には光になって畑にふりそそぎ、冬はダイヤのようにきらめく雪になり、朝は鳥になってあなたを目覚めさせ、夜は星になってあなたを見守っているのです。
アビガン®は阪神タイガースの藤浪投手?
アビガン®がピンポイントで新型コロナウイルスのRNAポリメラーゼ「だけ」をやっつけてくれるのなら、厚労省は秒速でアビガン®を承認したと思います。
しかし、残念ながらアビガン®は元巨人の上原投手や菅野投手のような針の穴を通すコントロール性を持ち合わせていません。っというかほぼノーコンです。「藤浪かアビガン®か」というくらい合コンノーコンなのです。
アビガン®は豪速球の使い手よろしく非常に強力な薬剤であるものの、勢い余って新型コロナウイルスのみならずヒトの性細胞、受精卵や胚で盛んに細胞分裂中の細胞のRNAポリメラーゼにも影響を与えてしまうものと考えられます。
皆さんご存知の通り、動物実験段階でアビガン®の催奇形性が確認されておりますが、その理由はアビガン®が投与された動物の側の体細胞にも藤浪投手のようにデッドボールを当てているのが原因ではないかと推察されているのです。
アビガン®の新型コロナウイルス治療効果については中国での報告のみ
アビガン®の臨床試験での報告はまだ多くありません。
また、中国で3月に一度発表された後に秒速で撤回され、5月になって再び発表されたアビガン®が新型コロナウイルス感染症の改善を早めたという論文 12) は無作為化試験ではありませんので医学的根拠がやや弱いです。
この弱めの根拠を元に中国では既にアビガン®(のジェネリック)が新型コロナウイルス治療薬として承認されているようですが、米国および日本でも承認されるに至ったレムデシビルの効果に関するエビデンス 13) (こちらも盤石とは言い難いですが)に比較すると、アビガン®はまだ不十分かと考えます。
実は抗インフルエンザ薬としても有意差なし
それだけではありません。アビガン®の添付文書(説明書のようなもの)にはこう書いてあります。
本剤は、他の抗インフルエンザウイルス薬が無効又は効果不十分な新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症が発生し、本剤を当該インフルエンザウイルスへの対策に使用すると国が判断した場合にのみ、患者への投与が検討される医薬品である。本剤の使用に際しては、国が示す当該インフルエンザウイルスへの対策の情報を含め、最新の情報を随時参照し、適切な患者に対して使用すること。
引用元:アビガン錠に関する情報(富士フィルム富山化学)
新型又は再興型インフルエンザウイルス感染症に対する本剤の投与経験はない。添付文書中の副作用、臨床成績等の情報については、承認用法及び用量より低用量で実施した国内臨床試験に加え海外での臨床成績に基づき記載している。
アビガン®は、抗インフルエンザ薬として承認される過程で、結局最後まで他の薬に対して有意差を出すことが出来なかった、つまりインフルエンザへの効果さえ確認できなかった薬なのです。
承認の過程で比較されたのはタミフルとプラセボ(薬効のない偽薬)です。タミフルと比較して有意差がないのは非劣勢といって許容範囲ですが、偽薬(プラセボ)と比較してさえ有意差なしという結果が出てしまっているのです。
にもかかわらず抗インフルエンザ薬として条件付きで承認されてしまったのがアビガン®なのです。
インフルエンザに対してさえ実践投入された実績がまだ1回もない上に、新型コロナウイルスに対しても有意差が確認されていない。こんな薬を「何人かのコロナ患者に効果があったようだ」という理由だけで救世主扱いしていいのかどうか。厚労省が迷うのは当然の話だし健全とさえ言えます。
っとこんなことを書くと、
「石田純一や元NHKの住吉アナはアビガン®が効いたって言うとるやないか!」
というクレームが私の元に届くこと間違いなしですが、それに対して専門家ならこうコメントするはずです。
「多くのウイルス感染は自然治癒する病気です。たまたまアビガン®が投与されたタイミングと自然免疫によって勝手に回復するタイミングが一致した可能性だって十分に考えられます。そもそも今一部の病院で行っているのは無作為化比較試験であり、実際はアビガン®の実薬が投与された群なのか、偽薬群で実はアビガン®の服用すらしてなかったのかすら分からない状況です。」
いかんいかん。こんなこと書くと燃え盛る炎にガソリンをぶちまけてるだけですよね。でも、過去の薬害問題というのはこういう脇の甘さから引き起こされているので慎重になるべきなのです。
我々医師だって心の底から患者さんを助けたいのです。人の命を助けるために医者を目指した我々が「患者さんを助けたい」と想う気持ちは決してあなたに劣るものではありません。
でも、心配な副作用があるうえに、大規模臨床試験で効果が確認できていない薬を服用させるという決断は決して簡単なものではないし、アビガン®処方時になぜ病院は倫理委員会まで開いているのかを少しだけでもあなたに伝わるとありがたいなと思っております。
アビガン®はカイドウのボロブレス(まとめ)
漫画ワンピースにカイドウという敵キャラが出てきます。「地上最強の生物」と呼ばれるカイドウは人間からドラゴンに化けてボロブレス(口から炎を吹く)という必殺技を使います。
アビガン®は、言ってしまえばカイドウなんです。藤浪投手のようなすさまじい破壊力のボール(発音は語尾下がり⤵)を投げることは間違いありませんが、アビガン®はカイドウのボロブレスと同じでピンポイントで敵を狙うのではなく「だいたいあの辺」を攻撃して殲滅させてしまうのです。
カイドウを良く知っている人なら、
「アビガン®ってカイドウを水で飲み込むってことなの?ありえなくね?めっさ怖いやんけ!せめてドフラミンゴにしてくれよ!」
と思うはずです。カイドウが体内でボロブレスを吹きまくっていたら怖いじゃないですか。アビガン®は一度に8錠くらい服用するのですが、言ってしまえば「ミニカイドウ」を8匹飲み込むと思ってください。
とは言えです。とは言え、新型コロナウイルスに感染すると、ある一定の割合で急激に病状が進行してしまい、急性呼吸窮迫症候群(ARDS)などに陥り、最悪の場合は命を奪われてしまいます。
これまで述べてきた通り、アビガン®の新型コロナウイルスへの治療効果は現時点で確証出来るものではなく、一方で催奇形成などの副作用が心配される薬ですので安易に取り敢えず投与するものではありません。
しかし、それ以外には有望と思える手立てもない現状で、どんどん状態が悪化して命を奪われつつある患者さんを目の前にしたならば、私なら患者さんに副作用も含めてしっかりと説明と同意(インフォームドコンセント)を得た上で投与を検討します。
一緒にこの病気(新型コロナウイルス)に立ち向かっていきましょう。
以上
追伸 ちなみに私は楽天ファンです
参考文献 |
1) 日本感染症学会に寄せられた症例報告より「市中病院で経験した、人工呼吸器装着が必要であった重症COVID-19肺炎の感染対策、治療について(相模原中央病院)(2020.3.11)」 2) 日本感染症学会に寄せられた症例報告より「バロキサビル マルボキシル(ゾフルーザ®)を投与したCOVID-19の2例(独立行政法人国立病院機構信州上田医療センター)(2020.3.24)」 3) Astuti I, Ysrafil. Severe Acute Respiratory Syndrome Coronavirus 2 (SARS-CoV-2): An overview of viral structure and host response. Diabetes Metab Syndr Clin Res Rev. 2020; 14(4): 407-412. 4) Holm T, Kopicki JD, Busch C, et al. Biochemical and structural studies reveal differences and commonalities among cap-snatching endonucleases from segmented negative-strand RNA viruses. J Biol Chem. 2018; 293(51): 19686-19698. 5) 富士フィルム富山化学(株) アビガンⓇ錠の催奇形性の可能性について 最終アクセス2020年5月1日 6) アッヴィ合同会社 カレトラ®配合錠添付文書 最終アクセス2020年5月1日 7) Choy KT, Wong AYL, Kaewpreedee P, et al. Remdesivir, lopinavir, emetine, and homoharringtonine inhibit SARS-CoV-2 replication in vitro. Antiviral Res. 2020; 178: 104786. 8) Cao B, Wang Y, Wen D, et al. A Trial of Lopinavir–Ritonavir in Adults Hospitalized with Severe Covid-19. N Engl J Med. 2020; 382(19): 1787-1799. 9) シオノギ製薬 ゾフルーザ®錠添付文書 最終アクセス2020年5月1日 10) 富士フィルム富山化学(株) アビガン®錠添付文書 最終アクセス2019年5月1日 11) Tu YF, Chien CS, Yarmishyn AA, et al. A review of sars-cov-2 and the ongoing clinical trials. Int J Mol Sci. 2020; 21(7). 12) Cai Q, Yang M, Liu D, et al. Experimental Treatment with Favipiravir for COVID-19: An Open-Label Control Study. Engineering. March 2020. 13) Beigel JH, Tomashek KM, Dodd LE, et al. Remdesivir for the Treatment of Covid-19 — Preliminary Report. N Engl J Med. May 2020: NEJMoa2007764. |