こんばんは。仙台空港北クリニック院長の蒲生俊一です。
※当記事は文末「参考文献」を根拠としています
当院では、男性型脱毛症(AGA)と女性型脱毛症(FAGA)の治療を行いますが、薄毛治療の進め方を含め他院とはスタンスが違いますので、私なりの「薄毛治療への想い」を含めて説明させていただきたいと思います。
まず結論から。
- 診療ガイドライン(ルール)を逸脱しない
- 内科医としての知見と医療機器を活かしてAGA治療薬の副作用などをしっかりケアする
- 呼吸器専門医の知見を活かして睡眠の質を向上させる
私は当院(仙台空港北クリニック)を開業する前に、「最高の地域医療とは?」に対する自分の中での答えを得るために、様々な病院やクリニックに非常勤医師として働きました。いわゆる修行時代というやつです。
その修行の過程で、縁あって大手のAGA専門クリニックで働く機会を得たのですが、
う~ん、副作用に注意しないといけない薬を処方しているにもかかわらず、この程度のアフターケアで大丈夫なのかな?臨床医として首をかしげざるを得ないよなあ。
というある意味で苦い経験が当院のAGA・FAGAの治療スタンスに大きく反映されています。
いくら髪を生やすためとはいえ、安全性を考えたときには、AGAの診療ガイドライン1を逸脱するような治療は基本的にやるべきではないと私は考えます。
しかしながら、薄毛治療は全て自由診療(保険適用外)なので、インフォームドコンセントを行いお互い納得の上で踏み込んだ治療をすることは違法ではないのですが、踏み込んだ治療を行うのなら安全性などについては気をつけすぎるくらい気をつけるべきです。
もし仮に、AGA専門クリニックなどでガイドラインを逸脱した方法を採るのであれば、その分治療によって健康被害が出ていないかは十二分にケアすべきと考えます。なのですが、この点が不十分でおざなりにされてしまっている現実をこれまでいくつも目の当たりにしてきました。
しかし、他人を批判するのは簡単だし評論家に終始するつもりはありませんので、自分なりの答えを出してみたいと思います。
診療ガイドライン(ルール)を逸脱しない
発毛させるためにはミノキシジルという薬を処方する必要がありますが、効果(発毛)だけを考えるなら塗るより内服したほうが効果は高いです。それは否定しません。
しかし、AGA(男性型脱毛症)およびFAGA(女性型脱毛症)の診療のやり方をルール化した日本皮膚科学会の『男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン1』の中で、育毛剤(外用薬)として使用すべきであって飲み薬として服用するのはダメということがハッキリと書いてあります。
理由は簡単で、「飲んだ場合、主に心臓や血管などの循環器系に副作用が出てしまうリスクがあるから」です。
AGA専門クリニックに非常勤医として働いていたので実態をよく知っていますが、AGA専門クリニックでは事実上最初からミノキシジルをタブレット剤にして経口薬(飲み薬)として処方しています。
これは、単に「ガイドラインに違反しているからダメ」と杓子定規なことを言いたいわけではなく、
- 外用薬として使用して発毛する人がいるのになぜ最初から飲ませるのか?
- 薄毛治療は今後ずっと続くのに、長期的な安全性は考慮しないのか?
以上2点において私の中ではありえない診療方針なのです。
薄毛は命を取られてしまうような病気ではないので、美容形成手術などと同じで全てが保険適用外(自費診療)です。よって、
- 治療にあたる医師が患者さんにメリット、デメリットを含め全て事細かに説明し、
- 患者さんが十分に理解した上で、
- 副作用のリスクも本当に納得の上で選択するのであれば、
ミノキシジルを経口薬として処方しても決してアウトとは言えません。
しかし、10%という高くはない割合2とはいえ、ミノキシジルを塗り薬(育毛剤)として使用して著明に発毛することもあるわけですから、まずはリスクの小さい、体に優しい治療から段階を踏んで試してみるのが最も合理的ではないでしょうか?ということをまずは主張したいと思います。
そして、さらに重要だと思っているのが「薄毛治療は基本的に一生続く」という事実です。
薬を外用したり内服したりして確かに毛は生えてくるかも知れませんが、
治療を中断すると元の状態に戻ってしまいます
そのため、毛を生やしたい限り薬はずっと使い続ける必要があります。ミノキシジルを飲み始めてすぐ重篤な副作用が出てしまう人もおりますが、そうでなく最初は何ともなく経過する場合でも、何年も飲み続けた結果の安全性というのは誰も確認しておりません(推奨されている治療法ではありませんので、研究者が長期の安全性について研究をしようという動機がそもそもあまり生じ得ません)。
それでも、丹念に探せばミノキシジル内服療法の安全性を検討した論文は少数見つかりますが、長いものでも12ヶ月間以上の安全性は確認していないようです3。
一般的に、内服薬よりは外用薬の方が体に与える影響は少ないです。ですので、ミノキシジルもまずは外用を試すのがより安全です。更に言えば、濃度の低いミノキシジルを育毛剤として頭皮に振りかけることから治療をスタートさせ、薄くて効くのであれば薄いままがベストだし、最初効いていたのに徐々に効き目が落ちてきた場合は濃度をあげていくのが最も合理的だと考えます。
AGA専門クリニックにしても、少なくとも最初の半年間は外用薬として治療をスタートさせ、濃度5%で効果が出ない場合は、6% → 8% → 10%と徐々に上げていき、それでも効果が出ず、副作用リスクを受け入れて患者さんが強く望んだ場合に限りタブレット剤(飲み薬)として処方すべきではないかと思うのです。
通ってからすぐに発毛すると、リピート率はアップしますのでAGAクリニックの経営的にはありがたいかも知れません。でも、自由診療とはいえ医療は医療です。どんな場合でも患者ファーストであるべきだし、長い治療期間を考えた場合、できるだけ安全性の高い治療から行うのが当然のことだと考えます。
患者ファーストというのは、患者の希望通り髪を生やすためであれば患者の内蔵をボロボロにするのも厭わない、という姿勢では決してありません。
内科医としての知見と医療設備を活かして副作用をしっかりケアする
AGAやFAGA(女性型脱毛症)の発毛剤として使用するミノキシジルは、外用薬(育毛剤的な使い方)として頭皮に塗った場合でも循環器(心臓や血管等)に副作用が出ることが(外用では割合としては多くはないですが)あります。
また、脱毛予防薬として処方するフィナステリドやデュタステリドは肝機能障害を来したり、催奇形性が問題になったり、EDの原因になったり、前立腺癌の腫瘍マーカーであるPSAを見かけ上低下させてしまう事でがん検診などでの早期発見の妨げとなる可能性があります。
AGA専門クリニックは基本的に再診料を取っていませんので、発毛剤や脱毛予防薬を使用したことによる患者さんの健康状態については、口頭でヒアリングする程度で検査をすることはあまりありません。数十万円から100万円(!)を超える高いコースでは血液検査を行う事がありますが、それですら治療開始初期の間だけ検査し問題がなければあとは1年間ノーチェックであったり、リスキーな診療をしていると判断せざるを得ません。
私は非常勤医として勤務していたAGA専門クリニックで、
発毛剤として処方しているミノキシジルって血管拡張剤ですよね?循環器などのフォローはしないで本当に大丈夫なのでしょうか?
と上申したことはありますが、所詮は非常勤医の立場でそれ以上は踏み込めず、またこういった意見が反映される事はありませんでした。自然とその職場は退職することとなりました。
私は、AGAに限らずですが、処方したら処方しっぱなしといった無責任な治療方針だけは、医師として絶対に採ってはならないと考えます。いくらAGAは命に関わるような病気ではないからといって、大手チェーンのAGA専門クリニックのようなずさんなフォローアップの仕方では患者さんが不憫でなりません。
当院ではAGAといえども、通常診療を行う内科や呼吸器疾患と同じだけの心配りできっちりとフォローをしていきます。安全に治療が行えている事を確認する為に、定期的な血液検査や心電図検査(心電図を正確に読み取るのは簡単ではありません)、場合によっては画像の検査も必要に応じて行います。
呼吸器専門医の知見を活かして睡眠の質を向上させる
前項で、発毛剤ミノキシジルと循環器(心臓や血管など)の関係性について書きましたが、睡眠時無呼吸症候群(SAS)という病気をご存じでしょうか?
寝てるときに呼吸が止まるやつでしょ?
きっとあなたもこのような感想↑をお持ちだと思います。まったくおっしゃるとおりで正解です。
睡眠時無呼吸症候群(SAS)は、最悪の場合は急性心筋梗塞や脳梗塞などによって突然死してしまう事すらある大変怖い病気なのですが、以下2点の切り口で、睡眠時無呼吸症候群とAGAの関連につきスポットライトを当ててみます。
- ミノキシジルの血管拡張作用と心臓への負荷
- 夜間の無呼吸による低酸素がもたらす多血症からの相対的鉄欠乏
AGAやFAGAで使用するミノキシジルは血管拡張作用のある薬剤であり、心臓に負担がかかる原因となり得ます。ぜひ当院の別の記事も参照いただきたいのですが、SASはこうした心臓の負担が原因で心不全になったりすると発症リスクが増加したり、既にSASが存在する場合はより重症化する事が知られています。
つまり、ミノキシジルの投与でSASが悪くなる可能性があります。
もう一点に関してはなんのこっちゃと思われた方もおられるかと思いますが、興味深い論文を紹介しますのでしばしお付き合いください。
もともと、女性型脱毛症(FAGA)の方は血液中の鉄が少ない事がこれまでの研究で知られています4。
より正確には、トランスフェリンという血漿中で鉄イオンを運ぶタンパクにどれだけ鉄が結合しているか、の指標となる “トランスフェリン飽和度” が低い、ということですが、ざっくり血液中の鉄が少ない、という理解でいいと思います。
女性は男性よりも食習慣や月経などで鉄欠乏になりやすいため、これまでは鉄欠乏と薄毛の関係では女性型(FAGA)が注目されてきました。しかし近年、男性でも睡眠時無呼吸症候群を伴う場合は上記のトランスフェリン飽和度が低下し、脱毛症の原因となり得るという論文5が発表されております。
この理由というのが上で出てきた低酸素からの二次性多血症ではないか、と論文中では考察されています。
ややこしいですが、夜間の無呼吸によって低酸素血症になると、少ない酸素を全身の臓器に届けるために赤血球を増やすという反応が起きます(エリスロポエチンという造血ホルモンの腎臓からの分泌が増加します)。これを二次性の多血症といい、増加した赤血球が鉄と結合してしまいますので、血漿中でトランスフェリンに結合している鉄は減少します。つまり男性の場合でも、SASによって鉄欠乏になり得、これが脱毛症を悪化させる原因となり得る、といった内容です。
別記事で詳しく解説しているとおり、SASは放置すると場合によっては命取りにすらなってしまう病気でそもそもしっかり治療すべきですが、ほっておくと髪にとっても良くないよ、ということのようです。
もしAGA治療を行うのであれば、せっかくなら髪にとって悪影響を与える要因は極力排除すべきだと考えます。これまで述べてきたとおり、SASもそういった要因となり得ると考えられることから、AGAクリニックチェーンのようにミノキシジルやフィナステリドなどの使用に終始するのではなく、こういった病気の合併がないかなども含めた全身トータルの治療を行っていく事が結果的に髪を生やす効果も最大化すると考えます。
AGA専門クリニックに呼吸器に詳しい医師が在籍していることはまずありませんので、ミノキシジルの副作用が循環器に出やすいことまでは気づけても、SASまで頭が回ることはまずないだろうと思います。
SASはほんの一例ですが、当然ながら人間の体はすべてつながっておりそれぞれ影響し合っております。AGAとはいえ全身をくまなくフォローできる医師が治療にあたるのが最良と考えます。そういうわけなので、
「内科医、呼吸器専門医のあんたがなぜ薄毛治療をしているんだ?」
と私に対して疑問に思われている方がいらっしゃるかも知れませんが、私に言わせると、
いえいえ、薄毛治療で使用する薬は内科に詳しくないと副作用などの十分なケアはできません。薄毛治療に使用する薬はどこもほぼ同じなので医師としての力量はほとんど問われませんが、副作用のケアとなると内科医としての腕は大変重要です。その点ではむしろ内科医の方が治療に適していると考えます。
と少しだけ声を大にして反論したくなります。AGA専門でやってこられた先生たちへのリスペクトの気持ちはちゃんと持っています。しかし、内科医、呼吸器専門医としての経験は薄毛治療を安全に、かつ効率的に行う上で極めて有用だと私は思うのです。
まとめ
主張が散らかってしまいましたので、当院の薄毛治療のスタンスをまとめさせていただきます。
私はかつてAGA専門クリニックに非常勤医として勤務していて、アフターケアをほとんど実施しない治療方針に違和感を覚えていました。
AGAやFAGAの治療を専門にやってこられた先生方に薄毛治療での知識は及ばないかも知れませんが(といっても普段から内科や呼吸器の勉強をするのとおなじだけの情熱を傾けてAGAも勉強しているので負けるつもりもないのですが)、私は内科医であり呼吸器専門医ですので、薄毛治療の副作用に対するアフターケアを含め、髪だけでなく全身をトータルで診ることについてははっきり言って自信があります。
当院ではAGA専門クリニックに決して劣らない、ガイドライン1に則った治療をしっかり行いつつ、AGA専門クリニックよりも手厚いケアを行うことで差別化をはかります。
以上
参考文献
- 1.日本皮膚科学会. 男性型および女性型脱毛症診療ガイドライン. 2017年版. Accessed July 21, 2020. https://www.dermatol.or.jp/uploads/uploads/files/AGA_GL2017.pdf
- 2.大正製薬株式会社. リアップX5プラスネオの発毛効果データ. 大正製薬商品情報サイト. https://brand.taisho.co.jp/contents/riup/detail_219.html
- 3.Jimenez-Cauhe J, Saceda-Corralo D, Rodrigues-Barata R, et al. Effectiveness and safety of low-dose oral minoxidil in male androgenetic alopecia. Journal of the American Academy of Dermatology. Published online August 2019:648-649. doi:10.1016/j.jaad.2019.04.054
- 4.Olsen EA, Reed KB, Cacchio PB, Caudill L. Iron deficiency in female pattern hair loss, chronic telogen effluvium, and control groups. Journal of the American Academy of Dermatology. Published online December 2010:991-999. doi:10.1016/j.jaad.2009.12.006
- 5.Baik I, Lee S, Thomas RJ, Shin C. Obstructive sleep apnea, low transferrin saturation levels, and male‐pattern baldness. Int J Dermatol. Published online August 24, 2018:67-74. doi:10.1111/ijd.14193
【追記】それでもガイドラインを超えたい患者さんは、他院を気持ちよく紹介します
おまけです。
AGA治療を開始し、最初は効果が見られても、ミノキシジル外用薬(とフィナステリド)では発毛できなくなる場面が出てくることは残念ながら起こり得ます。あるいは、治療から半年経過して発毛しない方もある一定の割合でいらっしゃいます。
当院としては、ガイドラインを遵守した標準的な治療で残念ながら効果が十分出ない場合でも、ガイドラインを逸脱した、体により負担のかかる手法を用いてまで(=健康と引き換えにしてまで)髪を生やす事を優先すべきではない、と考えております。
したがって、当院でこれ以上に強い治療を行うことは出来ません。安全性を最優先する為の治療方針だとは言え、患者さんの希望を100%叶えてあげる事が出来ない可能性があるのは大変心苦しいです。
ただし、もし患者さんがそれ以上の治療につき専門家の意見を聞きたいという場合は、患者さんの頭皮で何が起きているかを誠実に説明した上で、別の薄毛対策についての知見をお伝え致します。
現在知られている、ガイドライン外ながらAGA治療に用いられる事がある治療法というのは、具体的には以下のようなものがあります。
- 自毛植毛(FUT・FUE)
- 増毛(人工毛を自毛に結ぶ)やウィッグ、ヘアコンタクトなど
- ミノキシジルタブレット
- 幹細胞移植の最新情報
上記は当院では取り扱っていませんので、情報としてお伝えするのみです。
たとえば自毛植毛は順番があります。FUEという術式は色々と問題を抱えていますので最低でも最初の2回はFUTで植毛すべきですし、ロボット式の植毛の問題点などをお伝えすることもあります。
ウィッグや増毛は、CMなどで流れている情報は全く参考になりませんので、どのような方向に進むのがおすすめかを対面でお伝えいたしますし、幹細胞移植についても面白い情報を常に手に入れるようにしています。そういった治療が可能な医療機関についても含め、当院の標準治療を受けていただいて結果が出なかった患者さんに限定してお伝えいたします。
以上